定められた規格の中で工夫を重ねる独自の技術手法は、ニ輪から軽自動車へと広がった。
産業界の偉人が浜名湖周辺で相次いで育った理由について、静岡総合研究機構の竹内宏理事長禿)は「江戸時代から近代産業を興すための地の利に恵まれ、勤勉さを尊ぶ精神風土が浸透していたのが大きい」と話す。
浜名湖周辺は二宮尊徳の「報徳思想」が盛んだった。
勤勉や貯蓄、相互扶助を尊ぶ考えはモノづくりにふさわしい企業文化を形成する土壌となった。
和歌山県出身の流れ職人だった山葉ら、外部の人材も受け入れた。
竹内理事長は「今に至るまで起業家になるのが名誉だという風土が築かれた」と指摘している。
※山葉寅楠は和歌山出身、浜松で創業佐吉生誕地にもグループ企業群愛知県内に主要工場やグループ企業が集中するトヨタだが、豊田佐吉ゆかりの静岡県湖西市にも、企業群を抱える。
一九五○年には市内初のグループ企業、浜名湖電装が誕生した。
同社設立から、四十三年間取締役を務めたT・Sトヨタ名誉会長訂)は、今も株主総会に欠かさず顔を出す。
デンソー傘下で小型モーターを製造するアスモや、ハイブリッド車の主要部品である特殊な電池を開発、生産するパナソニックEVエナジーも、同市に本社を置く。
湖西市は六四年、佐吉の命日十月三十日を「顕彰の日」と定めた。
毎年、胸像のある市立鷲津中学校で式典を開く。
T・S、Aトヨタ副社長(型父子をはじめ、地元グループ企業の社長らがほぼ欠かさず出席している。
「窓をあけてごらんよ」1.佐吉の母校、静岡県湖西市立鷲津小学校。
校庭に足を踏み入れると、こう刻まれた石碑の周りを子どもたちが元気よく駆け回っていた。
トヨタの挑戦心を意味する佐吉の言葉「障子を開けてみよ、外は広いぞ」を、小学生向けに意訳してある。
校長室には佐吉の妻浅子が製作した胸像が飾られ、校歌には「世界に誇る織機王」の歌詞が登場する。
児童らが作った佐吉の年表などを廊下に展示する「佐吉を知ろうか」というユニークな試みも。
四年生は授業で佐吉の生涯を歌い上げた鷲津小音頭を覚える。
一年間、総合学習の時間で佐吉を学んだ後、その成果を冊子にまとめ地域にも配る。
堀尾光宏・教務主任(垂は「偉大な先輩の精神を残すのは私たちの役目」と強調する。
豊田佐吉1867(慶応3)11930(昭和5)年。
合宿免許に関するアドバイスです。これが合宿免許の王道です。
